【マタタビの真実】猫がマタタビに体を擦り付ける本当の理由|蚊を撃退する防虫成分「ネペタラクトール」の発見

ねこラボ

猫にマタタビを与えると、床に体を擦り付けたり、ゴロゴロと転がって恍惚とした表情を浮かべたりします。古くから「猫にマタタビ」ということわざがあるほど親しまれてきたこの光景は、長年「猫をただ気持ちよくさせる麻薬のような物質」と考えられてきました。

しかし2021年、日本の研究チームがこの定説を覆す大発見を発表しました。猫がマタタビに体を擦り付ける真の目的は、「蚊を寄せ付けないための天然の虫除けスプレーを全身にまとうこと」だったのです。

本記事では、世界的な学術誌に掲載された研究成果をもとに、マタタビ反応の背後にある驚くべき生化学と進化の戦略を紐解きます。

本研究の概要図

図:本研究の概要図

1. 長年の謎だった「なぜ体を擦り付けるのか」

マタタビ(学名: Actinidia polygama)に対する猫の典型的な反応には、明確なパターンが存在します。

  1. 葉や枝の匂いを嗅ぐ
  2. 頬や側頭部を擦り付ける
  3. 床にゴロゴロと転がり、全身を擦り寄せる

従来の動物行動学では、マタタビに含まれる「マタタビラクトン」や「アクチニジン」といった成分が中枢神経を刺激し、性フェロモンに似た多幸感を引き起こしていると考えられていました。

しかし、ひとつの大きな疑問が残されていました。「なぜ単に匂いを嗅ぐだけでなく、わざわざ全身を激しく擦り付けるのか?」という点です。神経が刺激されるだけであれば、匂いを吸い込むだけで事足りるはずです。この謎に挑んだのが、岩手大学農学部の宮崎雅雄教授を中心とする国際共同研究グループでした。

2. 2021年のブレイクスルー:新成分「ネペタラクトール」の特定

研究グループは、マタタビの葉に含まれる成分を徹底的に分離・精製し、猫が最も強く反応する物質を突き止めました。それが「ネペタラクトール(Nepetalactol)」という新規のイリドイド化合物です(Science Advances, 2021年)。

実験の結果、従来の成分よりもはるかに微量なネペタラクトールに対して、猫は強いスリスリ・ゴロゴロ反応を示すことが判明しました。

実験で証明された驚異の防虫効果

研究チームはさらに、ネペタラクトールが昆虫忌避作用(防虫効果)を持つことに着目。ネペタラクトールを塗った猫と塗っていない猫に対し、感染症を媒介する「ヒトスジシマカ(ヤブ蚊)」が止まる数を比較する実験を行いました。

その結果、ネペタラクトールを体に塗った猫は、塗っていない猫に比べて蚊が止まる数が半減するという劇的な忌避効果が確認されたのです。

つまり猫は、マタタビに体を擦り付けることで、毛皮に防虫成分をしっかりと付着させ、吸血昆虫やそれに伴う病原体から身を守っていたのです。

3. 多幸感のメカニズム:オピオイド受容体の関与

「虫除けのため」とはいえ、猫自身が「蚊を防ごう」と意識して行動しているわけではありません。猫をこの行動へと駆り立てる原動力は、脳内で分泌される神経伝達物質にあります。

ネペタラクトールを嗅いだ猫の血液を調べたところ、幸福感や鎮痛に関与する神経ペプチド「β-エンドルフィン」の濃度が急上昇していることが確認されました。さらに、生体の報酬系である「μ-オピオイド受容体」を薬理学的にブロックすると、猫はマタタビに体を擦り付けなくなりました。

猫の体内では以下のようなプロセスが起きています。

マタタビの匂いを嗅ぐ
↓
嗅覚を通じて「μ-オピオイド受容体」が刺激される
↓
β-エンドルフィンが放出され、強い多幸感(快感)を得る
↓
快感に導かれるように体を擦り付ける(結果として防虫成分が毛に付着する)

自然淘汰の過程において、「マタタビに体を擦り付けることで快感を得る遺伝子」を持った個体が、蚊による感染症のリスクを減らし、生き残りに有利に働いたと考えられます。

4. ネコ科大型肉食獣も同じ反応を示すのか?

このマタタビ反応は、家猫だけの特権ではありません。研究チームが天王寺動物園などで飼育されている大型ネコ科動物にネペタラクトールを与えたところ、ジャガーやアムールヒョウ、シベリアオオヤマネコなども、家猫とまったく同じように体を擦り付けて転がる反応を示しました。

待ち伏せ型の狩りを行う肉食獣にとって、獲物をじっと待つ間に蚊に刺されることは大きなストレスであり、フィラリアなどの感染症リスクにも直結します。ネコ科の祖先がおよそ1000万年以上前に獲得した高度な化学的防御システムが、現代の愛猫にも脈々と受け継がれているのです。

5. 飼い主が知っておくべき安全な与え方と注意点

科学的な防虫効果が明らかになったマタタビですが、日常で与える際にはいくつか注意すべきポイントがあります。

  • 与える頻度の目安: 週に1〜2回程度にとどめます。頻繁に与えすぎると嗅覚受容体が慣れてしまい、反応が鈍くなります(脱感作)。
  • 過剰摂取に注意: 粉末や実(生薬名:木天蓼)の過剰摂取は、中枢神経が極度に興奮し、一時的な呼吸困難や消化器症状(嘔吐・下痢)を引き起こす恐れがあります。
  • 年齢制限: 生後半年未満の子猫や妊娠中の母猫には与えないでください。神経系が未発達な子猫は反応しないか、予期せぬパニックを起こす場合があります。

愛猫がマタタビにうっとりしながら体を擦り付けている姿を見かけたら、それは単におどけているのではなく、何百万年もの進化が育んだ「命を守る知恵」を実践している瞬間です。科学の視点を持つことで、愛猫の気ままな仕草がより一層愛おしく、神秘的に見えてきます。

にゃーん!
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▼参考文献・一次出典リンク

・主論文(Science Advances)タイトル:The characteristic response of domestic cats to plant iridoids allows them to gain chemical defense against mosquitoes著者:Reiko Uenoyama, Tamako Miyazaki, Jane L. Hurst, Masao Miyazaki, et al.掲載誌:Science Advances(2021年1月20日公開、Vol. 7, No. 4, eabd9125)論文リンク(DOI):https://doi.org/10.1126/sciadv.abd9135


・共同研究機関 公式プレスリリース(京都大学)
タイトル:ネコのマタタビ反応の謎を解明!~マタタビ反応はネコが蚊を忌避するための行動だった~発表元:岩手大学・名古屋大学・京都大学・英国リバプール大学 共同発表
詳細リンク:https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-01-21

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